3月公開予定だったはずが、コロナウイルスの影響を受けて夏休み公開になってしまったピクサー最新作『2分の1の魔法』がようやく公開。期待していた1作なのでこの5ヶ月が本当に長かった。劇場に座り爆音で聴く全力少年にもいい加減飽き飽きしていたところ。
『モンスターズ・ユニバーシティ』のダン・スキャンロン監督が、今回はオリジナル作品に挑戦。凸凹コンビが主人公という意味では前作と同じだが、今作ではそこに兄弟・家族の絆という要素が加えられている。原題は『Onward』と簡素だが、分かりやすい邦題も鑑賞後には意味が何重にも込められていることが分かる。MCU作品でお馴染みのクリス・プラットとトム・ホランドが声優を務めているということで、字幕で観るのもいいかもしれない。私は志尊淳と城田優の吹替で観たが、こちらも違和感なく楽しめる。
今作のテーマは、端的に言ってしまえば兄弟の絆。性格も見た目も正反対な2人が、夕暮れまでに父親を蘇らせるための冒険に駆り出す中で心を開き、成長していく。正に原題の『Onward』の通りである。魔法を使えるが内気で消極的な弟のイアンと、魔法オタクでノリがいいがちょっとウザい兄のバーリー。イアンが勇気を振り絞るシーンは応援したくなるし、バーリーのテンションにも元気をもらえる。『モンスターズ・ユニバーシティ』のマイクもかなりポジティブなキャラクターだったが、バーリーもそれと似たタイプだ。魔法オタクなのに自分は一切魔法使えなくて弟がどんどん魔法使えるようになるって、大抵の作品なら闇堕ちルートでしょ。
ストレートなストーリーに彩りを加えるのは、魔法が文明に淘汰されてしまったという独特な世界観。便利な電気やガスの発見によってファンタジー色は薄まり、我々が住む現実世界と何ら変わりのない日々を送っていた。ユニコーンはゴミを漁るようになり、ケンタウロスは走らなくとも車がある。魔法はライフラインにとって変わられ、スマートフォンが手放せなくなった。正直、昔の魔法時代を取り戻そうというテーマだったら好みじゃなかったのだが、ファンタジーが一巡した独特な世界観は決して懐古だけにとどまらず、魔法と文明の融合という到達点を迎えてくれた。相変わらず車は走っているが、ケンタウロスは自分の足で走った方が早いこともある。この辺りは結果論でしかないのだが、魔法が文明に淘汰された世界を、彼らの行動が2つの融合という更に先のフェーズへ進ませたという点が非常に好みな帰結で、それ故にこの作品を評価したい。
また、序盤では世界観の説明も兼ねて、イアンがコーンフレークを食べたり母親がミキサーを回す時だけ大声になったりと、何気ない日常が展開される。日常あるあるをファンタジーの住人がこなしているのが観ていて面白く、どんどん物語に没入していってしまう。そこからマンティコアやドラゴン、剣なんかのファンタジーのお約束を踏襲していくのも最高。また、イアンが使う魔法が全て最終決戦の伏線になっているのもいい。この辺りの手腕は流石ピクサーである。橋をかけるとか難関魔法の電撃とか、杖のトゲとか巨大化とか、とにかく言い出すとキリがないのだけれど、小さな積み重ねが最後に結実する展開がとても気持ちいい。
兄弟の絆という視点もとても良かった。警察をやり過ごすシーンで、イアンや町の人々がバーリーを疎ましく思っていたことが明らかになってしまう。その時は一瞬バーリーも落ち込むのだけど、父親のダンスで元気を取り戻し仲直りしてしまうという素晴らしいテンポ感。下手すると長引かせてバーリーがキャラクターの良さを失いかねないシーンなのだけど、それでもまだ若干ウザくいられるバーリーの肝っ玉。で、そのお節介さこそが最後にイアンが彼を認めることに繋がる構成。イアンが父親とやりたいことリストを一度全部消すも、「あれ?これバーリーと全部やったじゃん!」と気づくシーンも最高。父親という肩書に捉われていたが、イアンにとってはバーリーが父親代わりだったという綺麗なオチ。あれだけ物語の主軸に据えられていた父親との再会を、バーリーだけが果たすというのも一周してすごく良かった。イアンはこの冒険の最中で既に成長を遂げていて、前に進めていなかったのは一見ポジティブなバーリーだった、という。そして父親と再会することで過去の後悔を精算し、思い出を増やして成長していく。
『2分の1の魔法』というタイトルは一見下半身しか復活できなかった父親のことを指しているようで、兄弟の2人で1人という点を強調する意味も込められている。そして、魔法と文明が折り合いを付けたという意味でも、魔法は2分の1なのだ。
魔法が文明に淘汰された世界で大冒険に出る兄弟という設定もいいし、全体的なテイストも楽しく、至る所に仕掛けられた伏線が次々と発動していく最終決戦も見ていて気持ちがいい。重苦しいテーマもなく、素直に感動できる1作。最近のディズニーはポリコレを意識しすぎるきらいがあるのだが、そういう変な味がなかったのも好印象で、ただただ楽しめる作品だった。お涙頂戴でもなく、純粋に観賞後に涙が流れてしまうような、そんな映画。ピクサー映画は正直苦手なものも多いのだが、これは当たりだった。ピクサー次作の『ソウルフル・ワールド』も面白そうなので楽しみである。
余談だが、吹替だと最後に日本版主題歌の『全力少年』を爆音で楽しむことができる。あまりしっかり聴いたことがなかったのだが、歌詞を追いながらだと尚更映画と曲への感動が強くなった。