クレヨンしんちゃんの『オトナ帝国』でお馴染みの原恵一監督による新作アニメ映画。私自身、クレヨンしんちゃんの映画は全て観ているものの、原恵一監督の他の作品については全く観ていない。原作は児童文学で、公開前のインタビューなどでも殊更に「エンタメ作品」だということが強調されていたので過度な期待はせずに軽い気持ちで観に行ったのだが、これがもう本当に退屈で退屈で。久々にこんなにつまらない映画を観たというか、前日に『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観てしまったという喪失感を考慮してもこの映画は圧倒的につまらない。どこが酷いとかそういう次元ではなく、全体的に本当に面白味がないのだ。
霧のむこうのふしぎな町 地下室からのふしぎな旅 天井うらのふしぎな友だち
- 作者: 柏葉幸子,タケカワこう
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/04/11
- メディア: 単行本
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主人公のアカネ役には松岡茉優、その他にも杏や麻生久美子などの俳優が重要なキャラクターに声を当てており、その辺りにある声の違和感に嫌悪感を持つ人の感想も多く見られた。私は『カーズ/クロスロード』の松岡茉優の吹替の上手さに感動した人間なので、そういった問題はなく、むしろキャストの面では期待値が高く、仮に一般の声優がアカネ役を務めていたらこの映画はスルーしていたと思う。アニメーション作品の吹替に声の仕事を専門としていない俳優が充てられるとなにかと批判を呼ぶことが多いが、私自身はそれが作品の宣伝にも繋がるし、極端に下手じゃない限りは別に問題がないと考えている。「松岡茉優にしか聞こえない」という批判もあったが、それは一般の声優が務めていても同じことだろう。私はテレビアニメを観ていても「あ、この声別のアニメのあれと一緒だ」と余計なノイズになってしまうことが多いので、俳優の起用に関しては特にあれこれ言うつもりはない。
肝心なのは映画の中身である。正直この映画においてキャストがどうこうなどというのは些細な問題にすぎない。この映画の残念なところは内容にあるのだ。
小学生の女の子が突然異世界の救世主として選ばれ、不思議な世界へと冒険に出る。ファンタジーの王道らしい展開であり、私自身小学生の頃に児童文学でこの手の作品を何作か目にしたことがある。それくらい王道。だからこそ、原恵一監督や彼とタッグを組みキャラクターデザインを担当したイリヤ・クブシノブの独創性に頼る部分が大きい。まして原作がある分、それをどう映像に落とし込むかといったところが見どころだった。しかし、蓋を開けてみると何もかもが中途半端。話運びもファンタジーの世界観もすべてが既視感にまみれている。他の映画で観たことのあるような景色だけが並び、どの瞬間も感動を生まない。「あれに似てる」「これ見たことある」の連続だけが脳内を占めてしまう。ザン・グのデザインやアカネたちの訪れる明るい世界とは対照的な演出は楽しめたものの、独創性には程遠く、ただ純粋に「暗めのトーン」を演出していたにすぎない。
そして物語である。前述の通り、児童文学が原作ということで過度な期待はしていなかった。それなりに説教臭い展開だろうと見え見えの結末だろうと、多少なら覚悟はしていた。しかし、この映画はメッセージ性を秘めていながらそれを全く演出できていない。結末から言うと、ザン・グは実は人形に姿を変えられたと思われていた王子であり、儀式から逃げた彼をこちらの世界で成長したアカネが諭し、王子は儀式を行う覚悟を決める。つまり、アカネの成長がこの映画のキーとなる構成だ。しかし、王子と会うまで90分以上も上映時間がありながら、アカネは一切成長しない。嫌だ嫌だの連続で、どこまでも等身大の”少女”としての振る舞いを続ける。ヒポクラテスに「前のめりの錨」というネックレスを付けられ、後ろ向きになると体が勝手に前へと動き出してしまうという設定があるのだが、どうもそれ以降自分から何かを行動したという描写がない。この映画の一体どこでアカネが成長したというのだろう。
しかし、そんなうちにザン・グの正体が判明し王子は元の姿に戻る。そしてアカネに説得され、儀式へと向かう。王子がどう思ったかは知らないが、こちらとしてはアカネの言葉にはなんの説得力もない。一般論で丸め込まれただけのダメ王子にしか見えないのだ。「おおっ!」と唸る展開も演出もないまま、お約束のストーリーだけが進んでいく。この映画がどれだけ原作の物語に近いかは分からないが、いくら子供向けといえど子どもをバカにしすぎではないかと思ってしまう。だが、劇場にはGW始めということもあってか、小学生の団体の姿もちらほら見られた。彼ら彼女らにとっては友だちと映画を鑑賞したかけがえのない思い出になるのだろうが、大人になってこの作品に触れた時この映画をどう思うのだろう。なんだか無駄に心配になってしまった。
「子供向けだから」と言ってしまえばそれまでなのだが、『オトナ帝国』を作った原恵一監督だからこそ、原作があるとはいえ子供向けの作品に幾重ものテーマを織り込むことすら可能だったはずだ。徹底的な娯楽作品に終始することを否定はしない。しかし、娯楽作品としても鑑賞に耐えうるような作品ではなかったように感じる。期待していただけに、非常に残念な出来だった。