大人気漫画『僕のヒーローアカデミア』が2度目の映画化。前作は、デクとオールマイトの共闘という原作では不可能となってしまった展開で観客の度肝を抜いたものの、お話としてはごくごく普通のジャンプ原作アニメの映画化といった感じで、正直そこまでの興奮はなかった。元々ヒロアカにぞっこんという程のめり込んでもいない人間なので、どうしても斜めに見てしまうのだが、いやあ今回『ヒーローズ・ライジング』はやりやがったな~という思いです。堀越先生、本当に盛り上げ方が巧い。ジャンプ漫画が映画化することの意味をしっかり理解している。前作のラストはひたすら興奮していたけど、今作の最終決戦には物悲しさがある。入場特典のインタビューによると、最終回の結末として候補の1つだったらしい。それを映画でやってしまうし、尚且つ劇的に演出してくれる。それだけでなくA組20人の大活躍も堪能できる。すごい、すごすぎる。堀越先生、あんたマジでジャンプのために生まれてきてくれたような人だぜ…。
1作目にあまりのめり込めなかった理由として、やはりドラマパートの退屈さとメインキャラの活躍の少なさがある。ゲストヒロインとその父親を巡る物語というのは、あまりにもありきたりすぎるし、登場するメンバーも既に原作やアニメで活躍している面々ばかり。仕方のないことだけれど、せっかくの映画なんだからとは思ってしまう。そのモヤモヤを吹き飛ばしてくれるのがラストバトル。デクとオールマイトの1度限りの共闘。確かに退屈な映画だったけど、これを目に焼き付けられただけでも十分だったなと思わせてくれた。本作『ヒーローズ・ライジング』はその興奮を上回る。
まず何より嬉しいのがA組全員が物語に関わっていること。原作ではまだ活躍の少ない口田や砂藤や障子までもが大活躍。A組全員(逆に言えばA組20人だけ)でヴィランを止めなくてはならないという緊張感が物語を加速させていく。その中心にはいつも通りデクと爆豪がいるのだけれど、『ヒロアカ』の最大の”個性”である登場キャラクターの多さを存分にアドバンテージとして活かしてくれているのが嬉しい。
何と言っても瀬呂である。セロハンテープを出すというモブ的な個性に加え特徴のない容姿をしているが、よく喋るおかげで何とかアイデンティティーを確立している男。某アメコミヒーローのように粘着する糸を出すというわけではなくセロハンテープなのだ。原作ではメイン回はまだない。しかし、本作では何故か麗日と共に敵の親玉・ナインを足止めする役割を担う。麗日が浮かした岩石にセロテープを伸ばし、ひたすら敵にぶつける。驚くべきコンビネーション。しかも麗日が倒れると即助けに行く迷いのなさ。あれ? お前そんなにかっこいい奴だったっけか? 何なら轟よりも目立ってるぞ? スパイダーマンも最初は蜘蛛男なんてとバカにされていたと聞くし、海外でも人気の本作でこれだけの活躍を残せば後世にはセロハンテープのヒーローが濫立してしまうかもしれない。これが彼の最後の輝きでないことを祈るばかりである。
続いて尾白。リスのような尾を持つという個性の持ち主。これといって目立った回はないが、身体能力の高さ故にクラスメイトからは一目置かれている。そんな彼と、彼の上位互換とも言えるキメラとのバトルは圧巻の一言。結局撃破とまではいかなかったものの、その奮闘は将来語り継がれるに十分に値する。しっぽがあるだけでしょ、なんてもう誰にも言わせませんよ。ようやくはっきりしました。尾白くんは強い。
後は青山。腹からビームを出せるという強い個性を持っているが、まるで『ちびまる子ちゃん』の花輪くんみたいな喋り方をするため、誰もがどう扱っていいか困っている。『X-MEN』のサイクロプスと同様、器具を付けていなければ常にビームが出てしまう体質で、ヒーロースーツと訓練により、自由に射出することが可能になっている。ただ、出しすぎると腹を痛める。そんな彼が序盤ではマミーとのバトルで大活躍。峰田とコンビを組んで戦うというのも珍しい組み合わせで嬉しい。今回は敵わなかったものの、本質的には強い個性だと再認識した。ナイン足止めでのビームによる敵の陽動も彼の役目。原作では自分と同じで個性を使いこなせなかったデクを励ます回で少し掘り下げられたが、戦闘での活躍は少なかったので嬉しい。
もちろんお馴染みの常闇や飯田や梅雨ちゃんらも大活躍。そのどれもが個性を活かした活躍で、しかも先生やプロヒーローなしに彼らだけで戦わなくてはならないという舞台設定。学生20人が強敵に対して知恵と工夫で戦う。このジュブナイル感こそヒロアカの醍醐味である。
最後に原作の大人気キャラ・ホークス。No.2ヒーローで二重スパイという複雑な役回りを押し付けられるも、その飄々とした明るさと見事なルックスで中村悠一の声を勝ち取った強キャラ。入場特典のインタビューによれば、堀越先生もホークスにはかなり思い入れがあるようで、意図的に人気を出そうとして作ったキャラクターらしい。人気投票発表の直後に出てきたこともそれを裏付けている。舞台となる那歩島にはいないものの、ナインの起こした事件を調査する形で物語に関わる彼。オールマイトよりも頻繁に出てくるのだから読者人気というのは全く恐ろしい。ともあれビジュアルだけでめちゃくちゃカッコイイので動いている姿が見られたのはよかったです。
キャラクターについてはこんなところ。新キャラでいうとキメラがかっこよかったです。スライスに声を当てていたのは女優の今田美桜だが、そこまで違和感はなかった。むしろ見た目の特徴が弱い分ナインの印象が薄い。しかし天候操作という最強レベルの能力を持っているのでやはり強敵なのである。
で、問題はストーリー。全体的な流れとしては前作と同様、ゲストヒロインがいて(今回は幼い姉弟)その物語があって、デク達が彼らを救ってというもの。これまたマンガ原作のアニメ映画としてはかなりオーソドックス。ぶっちゃけて言うならまたも退屈でした。あと、姉の幻を見せる能力が最終決戦で全然使われなかったのはちょっと驚き。絶対にラストでどんでん返し的に利用するものだと思っていたので。ナインが活真を襲おうとする→しかしそれは姉の作った幻→隙をついてデク達がとどめ、の流れでフィニッシュだと途中までは疑っていなかった。でもそれ以上のサプライズがちゃんと用意されていたのです。
デクがオールマイトから授かった個性”ワン・フォー・オール”。8人の人間を経由して受け継がれてきたこの力は、譲渡することで成長していく。オールマイトは次世代の英雄としてデクを選び、デクは勇気とプレッシャー半々で強敵たちに立ち向かう。そのカウンターとして、幼少期からデクに対抗心を燃やす爆豪がいる。オールマイトに憧れてヒーローを目指したのはデクと同じだが、怪物じみた強個性に粗暴な性格が相俟って、まるでヴィランのような振る舞いをしてしまうこともしばしば。しかし、胸に秘めたヒーローへの想いはデクに劣らない。その二面性こそ、彼がファンの人気を独占している理由。恵まれた個性を持ちながら結局はオールマイトに選ばれなかったという哀しみ、しかも選ばれたのは見下していたデクだったという劣等感。如何にも人気の出そうな設定だし、私自身かなり好きなキャラクターである。
そんなデクと爆豪の共闘。共に戦ったことはあるが、それはオールマイトとの試験的な戦い。負ければ即死という今回の状況下はワケが違う。100%の力を出しても勝てなかったデクは、ある1点に勝機を見出す。共に捕らえられた爆豪に向かって必死に手を伸ばすデク。その手と手が触れた時、2人はナインの手から逃れる。そう、デクは爆豪にワン・フォー・オールを譲渡したのだ。完全にスーパーサイヤ人と化した爆豪と、ワン・フォー・オールの残りを使って戦うデク。2人が共闘することによって、遂にナインの野望を阻止することに成功する。だが、デクはワン・フォー・オールを譲渡してしまった。せっかくオールマイトに選んでもらったはずなのに…。
譲渡が完了しデクと爆豪が復活してからしばらく、BGMだけの戦闘が続く。まるで本当に最終回を迎えるかのようだ。映画ならではのワン・フォー・オール譲渡、しかしそれは同時にデクが再び無個性に戻ってしまったことを意味する。この物悲しさ。そして原作に繋がらなくなるという戸惑いと焦り。本来テンションがぶち上がるはずのラストシーンなのに、スクリーンを呆然と見つめることしかできない。映画限定のパワーアップにしてはあまりに失うものが大きすぎる。
戦いが終わり、オールマイトに個性を譲渡してしまったことを告げるデクの表情すら見ていられない。一体どうやって元に戻すのだろう、それとも映画は原作とはパラレルワールドの扱いになるのか、いやいやこれまでに伏線があったはずだと頭を巡らせる。しかし、実はワン・フォー・オールは譲渡されていなかったという事実が判明。おい、おい、おい…。
この結末には本当にガッカリしている。入場特典のインタビューによれば、本作は現在放送中のアニメよりも更に後で、ワン・フォー・オールの先人たちの意思が介入し始めた頃の物語だからこそ、爆豪に力が残らず一時的な貸与に過ぎなかったと説明されているが、それでも納得できない。ちがう、ちがうんだよ、あの辛い決断に「よかったー、力残ってたー」と安堵するためにはもっとしっかりとした理屈が必要なんだよ! オールマイトが先人たちの幻を見ていない以上、ワン・フォー・オールには実はそんな力もありましたは通らない話じゃないけれども! でもさ! 気持ちがそれを許してないんだよ!
もういっそのことパラレルでもよかったんじゃないかとも思う。というか、個性の貸与が可能ということを少しでも映画の中で匂わせてくれれば納得できたのに。思えばデクが爆豪に力を譲渡することを思いつくのも唐突だった気がする。もうダメだ。私はこの映画を受け入れられない。
A組とヴィランとのバトル、そして爆豪へのワン・フォー・オール譲渡でテンションがぶち上がってしまったがために、ラストの説明不足の理屈にどうにも納得がいっていないのだが…。やはり原作者監修ということもあって非常にヒロアカらしい作りにはなっているのでファンなら確実に楽しめるだろう。先にも書いたように、未だ原作でも活躍していないキャラがあんなにもかっこよく動いてくれるのだからそれだけでも観る価値はある。でも、やっぱり最後の譲渡がチャラになるのだけはなあ…。