スティーヴン・キングの代表作を映画化した『IT/イット それが見えたら、終わり。』の続編にして完結編が遂に公開された。ルーザーズ・クラブがイットと戦ってから27年後の2016年。デリーに再びイットが現れたことを知ったマイクは、他のメンバーに「約束を果たす時が来た」と電話をかける。マイクの話を聞いて幼き日の記憶を取り戻した6人は、自らを襲った恐怖と再び対峙することになってしまったのである。
原作は文庫版で2000ページ近くにも及ぶ大長編で、1990年には1度テレビスペシャル版も作られている。そんな物語を再び実写化することには相当なプレッシャーもあったのだろうが、前作の結果はなんとホラー映画史上No.1ヒット。ホラー映画の定義も曖昧だが、とにかく作り手の予想を上回る偉大な記録を作ったことは間違いない。そして、誰もが待ち望んだその物語の完結編が公開された。元々原作では少年時代と大人時代を交差させて物語が進む構成になっており、前作の段階では少年時代しか描かれなかったことが批判の的にもなった。しかし、そんな批判も今作の前では歯が立たない。イットを倒すため、町を守るために再び集結したルーザーズ・クラブの姿は、まるで本当に27年ぶりの続編を見ているかのような高揚感がある。169分というホラー映画の中では異常な長さを誇る今作だが、1分たりとも退屈しない。前作にちょっとでも興味を持った人なら、必ず観てほしい作品だ。
ここからは内容に触れていくため、未見の方はご注意ください
物語について
前作に引き続いて今作を手掛けたアンディ・ムスキエティ監督は、原作にリスペクトを捧げつつ、オリジナル描写に関して議論を重ねたことを明かしている。私はこの映画を観るために原作を全巻買って読み進めていたのだが、あまりの長さに2巻の途中で断念。なので、原作との細かい相違点に関しては触れない。ただ、原作でも初っ端からスタンリーが死ぬので、心の準備ができていた分映画であっさりと死んでしまったことも納得がいった。そのほか、調べたところによるとペニーワイズを倒す儀式も全く異なるらしく、映画で重要な役割を担う「思い出の品集め」がそもそも存在しないらしい。また、映画オリジナルだろうなあと直感的に思ったスタンリーからの最後の手紙もやはり映画独自のもの。原作では自殺に見せかけペニーワイズに殺されたことになっていた。
総じて言うと、ホラー映画成分は非常に薄い。怖がりたいがために観るような作品ではないように思う。何をもって恐怖とするかは人それぞれだが、少なくとも私は前作含めてこの『IT』には全く恐怖を感じていない。それはよく喋るピエロや最早モンスター映画的な戦いなど、到底ホラーには思えないからだ。しかし、ペニーワイズが他のホラー映画に登場する怪物たちと大きく異なる点が一つだけある。それは、狙った獲物を確実に殺すことである。ホラー映画で襲われる際、日本だと突然どこかに引き込まれたり消されたりと、最終的な居所が分からないことが多い。海外でもそういうことはままある。しかし、このペニーワイズは大きく口を開け鋭く尖った歯で子供たちを喰らう。つまり、ペニーワイズに襲われる=確実な死ということになる。確かにペニーワイズはいきなり踊りだしたり巨大化したり気さくに話しかけてきたりと、ホラーを通り越してギャグになってしまっているシーンが多々ある。しかし、幼い子ども達が好みそうなものに敢えて化け、子ども達が興味を持ちそうな話題で耳を引き付け、油断させたところで正体を現し喰らう彼の残虐さは、ある意味で非常に怖い。映画として観ると恐怖を通り越して笑ってしまうのだが、もし身近にこんな奴が出てきたら確実に怖い。
そしてルーザーズ・クラブの面々はその恐怖をずっと抱えて生きていくことになる。前作で彼らはペニーワイズを撃退したが、惨劇はまだ終わっていなかった。町を離れ、当時の記憶を失っていた彼らを、1本の電話が再びデリーに呼び戻す。
『IT』はそもそもホラー作品というよりも青春の物語という側面が強い。ホラー版『スタンド・バイ・ミー』という表現もされており、ペニーワイズに立ち向かう7人の強固な絆を描いている。彼らはルーザーズ・クラブと自称し、所謂負け組である。親に虐待されている者もいれば、いじめっ子に目をつけられている者もいる。そんな境遇を悩みとして抱えていた彼らが、仲間と共に戦うことで毒親やいじめっ子を打ち負かしていく。そして、彼らの最大の敵こそがデリーを襲う怪物・ペニーワイズなのである。幼い子ども達ばかりを狙うペニーワイズに、その子ども達の中でも更に下位に位置する負け組の彼らが果敢に立ち向かうという構図が、『IT』最大の見どころだ。
そして、この映画ではそれぞれがペニーワイズに襲われた時のことを思い出し、そのトラウマを克服するために戦いを決意する。デリーを離れて記憶が薄れてしまった彼らは、ペニーワイズとの悪い思い出だけでなく、ルーザーズ・クラブと共に過ごした良い思い出も失くしてしまった。まるで記憶に蓋をするかのように、彼らは子どもの頃のことを何一つ覚えていなかったのだ。そのため、集結して少しずつペニーワイズのことを思い出すと、恐怖に駆られ説明せずに呼び出したマイクを非難する。27年間デリーに残りこの日のためにその恐怖と対峙していたマイクは、懸命に説得を続けるがリッチーを筆頭にメンバーは次々と離散していく。しかし、自分たちがスタンリーと同様に死ぬ運命にあることを知り、デリーに残って幼き日のことを思い出していくにつれ、あの日の約束を果たそうと決意を固めていく。それが、「思い出の品探し」に繋がる。
要するにこの映画は、過去の記憶=トラウマと対峙する大人たちの物語なのである。幼少期の恐怖に蓋をして生きてきた彼らは、同時に大切な思い出までも失くしてしまった。彼らは再びペニーワイズと戦うことで、仲間との思い出を取り戻そうとする。最後、なぜ今回は記憶があるのかとビルがマイクに訊ねる場面、「そっちの方がいいと思ったから」というマイクの言葉が全てだろう。思い出ごと恐怖に蓋をするのではなく、辛かったことや苦しかったことも併せて思い出とする。そんな重厚なテーマをこの物語は語ってくれる。
ビル・デンブロウ
ここからは各キャラクターについて
2016年のビルを演じるのはプロフェッサーXでお馴染みのジェームズ・マカヴォイ。ルーザーズ・クラブのリーダーだった彼はその後小説家になった。マイクの電話を受けてデリーに戻るが、恐怖から戻ろうとしてしまう。しかし、ジョージの死を思い出したことで再びペニーワイズと向き合うことを決意。ジョージによく似た少年をペニーワイズから救うために孤軍奮闘するが、あえなく少年は殺されてしまう。思い出の品はジョージに作った紙の舟。
ベバリー・マーシュ
ルーザーズ・クラブの紅一点。子どもの頃は父親にDV被害を受けていたが、今は夫から暴力を振るわれている。電話を受けて家を飛び出し、メンバーと再会。思い出の品はベンがくれた手紙。わざわざ以前の自宅まで取りに戻ったところ、老婆に化けたペニーワイズに襲われた。この老婆が怪物化した姿がすごい。漫☆画太郎先生のような馬鹿げた迫力がある。当初は手紙の送り主をビルだと思っていたが、最終決戦の間にベンだと確信。トイレの個室に監禁され血で溺死させられかけるが、ベンとの絆によりなんとか助かった。
リッチー・トージア
ルーザーズ・クラブの中でも最もおしゃべりでひょうきんなメガネっ子。大人になって愛くるしさは失われたが、相変わらずの口達者。臆病者のため、記憶を取り戻すとすぐにデリーを出ようとするが、ベンに説得される。その後デリーを歩いていると広場にたどり着くが、そこでペニーワイズに襲われる。実はゲイだが、そのことを気にしているため誰にも話していない。ゲーセンでストリートファイターをした相手を好きになったが、相手からもヘンリーからもバカにされ結局告白はできなかった。思い出の品はゲーセンのコイン。
マイク・ハンロン
唯一の黒人メンバー。ルーザーズ・クラブで唯一デリーに残り、膨大な数の書物と共に過ごしていた。警察無線を盗聴してペニーワイズが再び出現したことを知った彼が6人に連絡するところからすべてが始まる。デリーに残っていた間にペニーワイズを撃退したある部族の元へ赴き、彼を倒す方法を知る。それが思い出の品探しだった。しかし、儀式は失敗。それもそのはず、実はその儀式は嘘っぱちで一度も成功したことなどなかったのだ。マイクはそのことを知っていながらも、確実に倒せると信じれば必ず成功すると思い込み、6人を危険に飛び込ませた。戦犯ではあるが、デリーに一人残った彼の心労を想うと許せなくもない。思い出の品は、ヘンリー達に襲われていた時にベバリーが投げてくれた石。
ベン・ハンスコム
前作ではデブだったが見事ダイエットに成功。今作ではイケメンおじさんと化し、ペニーワイズもびっくりの変身を遂げている。ベバリーを想う気持ちは今でも変わらないが、彼女が手紙の送り主をビルだと勘違いしていることを知り愕然とする。比較的物分かりのいいキャラクターで、ペニーワイズとの戦いもあっさり受け入れていた。最後にはベバリーと結ばれてめでたしめでたし。思い出の品はベバリーが書いてくれたアルバムの署名。
エディ・カスプブラク
前作での偽りの喘息を克服し、都会でビジネスマンとなる。しかし気の小ささは変わらず、母親にそっくりの奥さんと結婚し、記憶を取り戻した後もすぐにデリーから出ようとした。子どもの頃に病院の地下でミイラに襲われたことが明らかになり、再度訪れると、またも同じミイラに襲われゲロを吐かれる。しかし、その時の彼の抵抗が最後にペニーワイズを倒すキッカケになるので、実は一番の功労者でもある。途中で精神病棟から脱走したヘンリー(ペニーワイズの洗脳を受けている)にナイフで頬を貫かれる。最終決戦ではベバリーの「倒せると信じればいい」という説得で、小さな矢をペニーワイズに投げることでリッチーを救ったが、逆に自らが殺されてしまう。思い出の品は吸入器。
スタンリー・ユリス
物語冒頭で死んでしまう。死の理由は27年前の戦いでルーザーズ・クラブの中にウイルスのように侵入したものが一早く発動したためだと、他のメンバーは推理したが、最後に6人に送った手紙でその真相が明らかになる。ペニーワイズの恐怖にどうしても抗えなかった彼は、デリーへ戻ることに耐えきれなかったのだ。しかし、全員で立ち向かわなければペニーワイズには勝てない。悩んだ末に彼は自殺してそもそもの数を減らすことで”全員”揃えるという計画を立てる。映画の中では勇敢な行動だと讃えられるような演出がされるが、「なら来いよ」と思ってしまった。原作ではペニーワイズに殺されてしまうのだが、そうまでして原作に準拠してスタンリーを殺す必要はないだろうに。思い出の品は蜘蛛除けのシャンプーハット。
ペニーワイズ
ITと呼ばれる怪物。27年おきにデリーの町に現れては子どもたちを食い殺していく。その正体は1990年のテレビドラマ版と原作では蜘蛛だったが、今作では明確には語られない。しかし、400年ほど前に地球にやってきた存在とされ、宇宙人のような説も飛び出す。映画はともかく、突っ込んだところまで話すと原作者スティーヴン・キングの作品は実は多くが繋がりがあることが明示されており、ペニーワイズの正体は『ダークタワー』という作品で示唆されている。
最後に
ホラー映画No.1ヒットというが、正直恐怖成分はかなり少ない。だが、青春映画としては満点の出来である。幼い頃に共に戦った負け犬たちが再び恐怖を乗り越えるために一堂に会するという話の筋だけで既に泣けてきてしまう。次から次へと何かが起こるため、169分を全く長く感じない。キャラクターをより深く見つめるほどに映画の虜になっていく。ホラー映画といえば、ティーンを狙ったものが多いが、これはむしろ普段ホラー映画を観ない層にこそオススメしたい。ホラー映画ではなく、ホラーがちょっとある青春映画なのだ。死の光に闇で対抗する負け犬7人の知られざる戦い。
前作が青春の1ページなら、今作はそのページを取り戻すための大人の戦いである。少年時代を取り戻すための、犠牲を伴う彼らの奮闘は、恐怖よりも感動を私たちに与えてくれる。
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