はじめに
今回は、以前紹介した韓国発ゾンビ映画、「新感染 ファイナル・エクスプレス」のヨン・サンホ監督によるNetflixオリジナル映画「サイコキネシス 念力」の感想を。
新感染の記事は以下からどうぞ。
個人的には、新感染がとても面白かったので、かなり期待していた作品。ゾンビの次は超能力者という流れも面白い。韓国映画を全く観なかった私が韓国人俳優を見分けられるようになったのも新感染のおかげ、ヨン・サンホ監督のおかげなので、この監督の作品は今後絶対に抑えていこうと思った矢先に公開され、かなりうれしかったことを今でも覚えている。
超能力で世界を救うヒーローは最早全世界で飽和状態にある。映画界でも、X-MENをはじめ、スパイダーマンなどのアメコミ映画が幅を利かせ、MARVELによるMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の勢いはとどまるところを知らず、世界中でファンを生み出し、アカデミー賞を受賞するほどの絶大な支持を得ている。MARVEL映画だけでも何十という数のヒーローがいるが、スーパーマンなどのDCコミックスもアメコミ映画を拡大し続け、日本でも仮面ライダーやウルトラマンなどの変身ヒーローが何十年も続いている。
ヒーローネタ、超能力ネタというのは、言い方は悪いが「使い古された」ネタである。しかし、それをストレートに投げ込んできたのが今作、「サイコキネシス 念力」だ。離れて暮らす娘を守るため、超能力に目覚めた父親が奮闘する。超能力者同士の争いもなく、ヒーロー論の説教もなく、ただひたすらに家族愛が映画の軸となっており、これは新感染に共通するテーマでもある。ちなみに、新感染に出演したキャストも何人か出演している。
あらすじ
突然超人的な能力に目覚めた父親と、大切なものを守るため必死で戦う娘。頼りない中年男はスーパーヒーローになれるのか。すべてを賭けた戦いがいま幕を開ける。(Netflix公式より抜粋)
予告
上のNetflix公式サイトから予告編を閲覧できます。
スタッフ・キャスト
監督:ヨン・サンホ
監督はヨン・サンホ。もともとはアニメーター。本作の前日端を描いた「新感染 ファイナル・エクスプレス」で一躍スター監督の仲間入り。他作品は「ソウルステーション・パンデミック」「豚の王」「我は神なり」など。
シン:リュ・スンリョン
借金の返済のために家族と別れたルミの父親。銀行に置いてある無料のインスタントコーヒーを勝手に持っていくなど、かなりせこい。ある日偶然超能力(サイコキネシス)に目覚め、元妻の死と娘の状況を知り、戦う決意をする。
ルミ:シム・ウンギョン
シンの娘。母親と二人、小さな商店街で唐揚げ屋を営んでいたが、悪徳地上げ屋の襲撃により母親が死亡。地上げ屋に屈しない強固な精神を持つ頑固者。幼少期に別れた父親のシンとはぎこちない関係。
「新感染」では列車に飛び乗った最初の感染者を演じていた(調べるまで全く気付かなかった)。やけに松井珠理奈に似ている。
キム弁護士:パク・ジョンミン
商店街を守ろうと奮闘する若いイケメン弁護士。ルミのことが好き。劇中では悪徳業者の力が強すぎるため、弁護士としての活躍は特になし。若い女性にも映画を観てもらうために意図的に置かれたイケメン枠だと思われる。
敵のボス:チョン・ユミ
「新感染」では健気で優しい気丈な妊婦を演じていたが、本作では一転。目的のためなら手段を選ばない悪女。警察にも根回しできるほどの権力を持ち、商店街の人々を追い出そうと強硬手段に出る。
感想(ネタバレあり)
正直、残念な一作。いやまあ、特に酷い箇所があるというわけではないのだけど、反対にうまく捻ってあるわけでもなく……。普通といったところ。
物語は突如サイコキネシスを手に入れた父親が娘を地上げ屋から守るというもので、家族愛を再確認するような展開なのだけれど、本当にそれだけで終わってしまう。超能力で一度は地上げ屋を商店街から追い返すが、今度はボスの根回しにより、警察が大挙して押し寄せてきてしまう。しかも肝心のシンは前職での窃盗容疑で逮捕(これも敵の策略)。娘のルミたちは何百という警察と戦う羽目になる。そこに事件を知ったシンが留置所を抜け出してやってくる。警察を超能力で片っ端からやっつけ、娘たちを危機から救い、自らは自首する。ハッピーエンドで終わるのだ。
掘り下げの浅さ
サンホ監督は、新感染でも家族愛をテーマにした物語を描いた。この映画では様々な家族の形が描かれ、ゾンビパニック物が確執のあった父親と娘の関係の修復へと帰結する見事な構成力の高さを見せてくれた。それに比べると、本作「サイコキネシス」はかなり落ち着いている。山場が少ないというのもあるが、人間描写が圧倒的に薄いのである。基本的に関係性が描かれるのは超能力を得た父親と商店街の娘のみである。この親子関係以外の線はほとんど描かれない。ルミ以外の商店街の住人はあっさりとシンをヒーロー扱いしてしまうし、地上げ屋の社長はちょっと間抜けな悪役という記号的なキャラクターしか持たない。言うなれば薄めの半沢直樹だ。
この浅さが物語の魅力を半減してしまい、予定調和と化してしまっている。新感染が予測不可能なノンストップ・ムービーであったのに対し、サイコキネシスは王道の足跡を完全になぞっていた。鑑賞中のワクワクもなく、印象に残るシーンも特にない。凡作になってしまっていたのである。
シンの葛藤
スーパーヒーローや超能力を題材にした作品において、主人公に葛藤は付き物である。例えば、力を持つことに悩んだり、自分は人間なのかと考え込んだり。しかし、本作のシンはそんなことでは悩まない。シンだけではない。他の登場人物もそういった「力のあり方」というようなテーマとはかけ離れた人間で、商店街の人々は超能力で自らを守ってくれたシンを簡単に受け入れ、警察や世間は面白がるのみである(シンの力を目の当たりにすると驚いていたが)。つまり、この映画は昨今飽和状態のスーパーヒーローものではない。超能力やサイコキネシスといった単語からそういった筋書きを連想する人も多いだろうが、そこは間違えないでほしい。普通のおっさんが超能力で悪い奴から娘を救う物語なのだ。世界的なヒーローにもならないし、力の使い方をくどくど説教したりもしない。おそらくジャンルとしてはアクションですらなく、ヒューマンドラマだと思う。
しかし、シンに葛藤がないわけではない。それは娘との関係である。彼は一度、借金のために家族を捨てている。家を出るとき、幼い娘は玄関先でじっと彼を見つめていたが、シンは彼女に対し何の言葉もかけなかった。ルミはこのことをずっと気にしているし、シンも当時のことを申し訳なく思っているような描写がある。現にルミはシンに捨てられたと思っていたのだ。一度は見捨てた娘のルミを、映画の最後で救うという展開は理にかなっていると思うのだが、いかんせん、シンが家を出た動機が弱い。そもそも家族と離れて暮らしたこと自体、借金を背負ったまま家族と暮らすことはできない、とルミたちを思いやってのことだったのだ。つまりシンは、根っからのいい父親なのである(人間的にはいろいろと問題もあるが)。新感染では家族のためと言いつつ仕事が多忙で娘に構ってあげられない父親の葛藤が描かれていたが、サイコキネシスではシンにそこまでの落ち度はない。むしろ、ルミがシンに対して問いを投げかける方が間違っているのではないかと思わされる。
まとめ
総じて、可もなく不可もなく、なんとも微妙な映画だった。Netflixで観られることが救いだろう。映画館での上映であれば料金分罵倒していたかもしれない。ヨン・サンホ監督の新作で期待値が高かった分、余計に残念である。