映画『楽園』評価・ネタバレ感想! この映画に犯人を求めてはいけない

犯罪小説集 (角川文庫)

 

『64』の瀬々敬久監督が吉田修一の『犯罪小説集』の短編2編を原作に傑作を作り上げてしまった。少女を殺したとされる容疑者の男(綾野剛)、失踪の直前まで友だちと一緒にいたことで罪悪感を抱えてしまった少女(杉咲花)、故郷の村を養蜂で立て直そうとするも住人から疎外されていく男(佐藤浩市)。三者三様の苦しみと決意が閉鎖的な限界集落を舞台に展開していく。瀬々監督の作品も吉田修一原作の作品も初めてなのだが、重苦しくて救いのない空気感にどんどん引き込まれてしまった。私は都会育ちのゆとり世代なので、田舎というものにあまり馴染みがない。同級生の言う「うちの地元田舎だからー」は多少の田畑があれば根拠として成り立ってしまう。そんな私でも、吐きそうになるほど嫌気が差す描写の数々。現実を知らない人間にまでリアリティを感じさせてしまう手腕に脱帽であった。

 

映画は『犯罪小説集』に収められた『青田Y字路』と『万屋善次郎』の2作を融合させた形になっている。綾野剛と杉咲花が前者、佐藤浩市が後者の物語の登場人物。原作は未読だが、そのせいか2つの物語が独立しているようにも見えるのがこの映画の面白いところだろう。2作に共通しているのは物語の舞台である限界集落。そこに住む3人がある事件をきっかけに心を乱していく。

村の住人・藤木五郎(柄本明)の孫娘・愛華が失踪し、村人総動員で夜通し彼女を捜索することに。幼い頃に外国人の母親に日本へ連れてこられ、そのまま友人を作ることなくひたすら母に付き従う豪士(綾野剛)も、捜索隊の一員に加わる。しかし、結局見つかったのは赤いランドセルのみで、愛華の姿はどこにもなかった。一方、愛華が失踪する直前まで一緒に帰宅していた紡(杉咲花)は、罪悪感を抱えることになる。12年後、周囲との関係を絶った紡は、祭りの稽古の帰りに背後から車に迫られ転倒してしまう。その車の運転手は豪士だった。豪士は彼女を家まで送り、壊してしまった笛を弁償する。他人との交流に慣れていない二人にとって、この出会いは貴重なものだった。

 

村では再び幼い少女が行方不明に。その時、村人の一人が豪士の母とその愛人の会話を聞き、12年前の愛華の失踪は豪士によるものだと主張する。今回も彼が犯人ではないかという疑惑は即座に広まり、村人は総出で豪士の家を取り囲む。その様子に怯えた豪士は、村人から逃走。いじめられていた幼少期を思い出して常軌を逸し、灯油をかぶって蕎麦屋に立てこもってしまう。「愛華ちゃん」という言葉を残し、豪士はライターを点火。村人たちの前で火だるまになり自殺する。結局、失踪した少女はすぐに見つかるが、愛華殺害の犯人は豪士ということで、村人たちの間でケリがついた。

 

都会育ちの私は隣人との繋がりが希薄である。隣に住んでいる人の名前も知らない。しかし、田舎ではそうはいかないのだろう。田舎の集落にとっては周囲の人間の行動こそが極上のエンターテインメントである。互いをよく知るからこそ関係性は密になるが、逆に言えばプライベートの存在しない社会ということでもある。しかし、生活を共にするが故に彼らの団結力は凄まじいものがある。それは失踪した少女を探すシーンにも顕著に表れている。豪士が12年前の犯人なのではないか、という根拠の弱い仮説がすぐさま支持され、村人の標的が定まる場面。正直吐き気がした。そこに議論の余地はなく、団結力は敵と見做した者に瞬時に牙を剝く。短絡的だの一言で済めばよいのだが、それで標的にされた側はたまったものではない。

また、綾野剛の明らかに「マトモではない」演技にも引き込まれた。両目を覆う前髪と、不自然なほどに白いポロシャツ、田舎ならともかく都会で会ったら一目で「やばい奴」だと分かる佇まい。絶対に関わりたくないタイプの外見なのだが、彼の瞳は優しさに満ちている。母のために尽くしたのに、一方の母は愛人を優先してしまう。孤独を知っているからこそ、苦しんでいる人を救いたいと願う彼の悲哀が立ち姿一つで表現されてしまう。しかし、中身を知らない人にとっては完全に不審者という意味でも見事なのである。

 

更に時は進み、紡は村を飛び出して都会の青果市場で働いていた。一方、親の介護のために村へ戻ってきた善次郎(佐藤浩市)は、養蜂で村おこしをしようと計画。集落の老人たちに相談すると、喜んで受け入れられた。近所の未亡人とも恋仲になり、自身も妻を失った善次郎は新たな人生のスタートを切ろうとするが、彼の行動を不快に思った村人たちからあらぬ噂を立てられてしまう。未亡人と共にいるところを見られては先祖の墓に「色狂い」と落書きをされ、遂には豪士が犯人ということで収まったはずの12年前の事件の容疑者ではないかと疑われる。完全に村八分にされた善次郎は、未亡人に救いを求めるが、亡き妻を忘れられないことで拒絶されてしまう。人との関わりを絶った彼は、養蜂と植樹に打ち込むようになる。しかし、それを村人に通報され、大事に育てた苗木は無残にも掘り起こされてしまった。大切に育てていた飼い犬すらも、村人に噛みついたことを根に持たれ、檻に入れられてしまう。そうして全てを失った彼は、遂に報復に出る。深夜に村の家屋を回り、自分を疎外した村人たちを次々と殺していったのだ。最後には山奥で鎌を使って自害。しかし、その後すぐに警察に発見され、病院へ運ばれる。救急車を追いかける飼い犬・レオの姿が切ない。

 

佐藤浩市はさすがの演技力である。人に好かれるために本心を押し殺して生きてきた彼が、愛する全てを奪われて殺人鬼へと豹変していく。その過程が見事だった。そしてここでも限界集落のクズっぷりが発揮される。何もしていない善次郎を、気に食わないという理由だけで村八分にしてしまう。様々な人間関係を持てる都会ならともかく、田舎で養蜂場を営んでいる人間が孤立させられれば行き場はない。挙句は殺人犯にまで仕立て上げられてしまう。その事件は豪士を追い詰めたことで終わったのではなかったのか。ここで善次郎を犯人扱いするということが、自分たちが無実の豪士を死に追いやったことを意味することに気づかないのだろうか。醜悪さを押し詰めたような老人たちの言動に思わず拳を握る。男性の食事の最中、女性はひたすらキッチンに入り浸り時にお酌をする一昔前のジェンダー観も嫌味たっぷりに演出される。しかし、これがアップデートの滞った限界集落の現状なのだろうなとも思う。

 

都会で一人働く紡の元に、幼馴染が現れる。当初は面倒に思っていた紡だが、彼の明るさに徐々に引き付けられていく。そんな彼との食事の帰りに、紡はある女性を見かける。数日後、幼馴染が白血病で入院。変わり果てた彼の姿に、もう何も失いたくない紡は涙する。そんな時に報道された故郷の村での殺人事件。そして彼女の自宅に幼い頃に失くしたコインケースが届き、豪士の母親と接触することで、紡は愛華失踪の真相を知ることになる。それは同時に、村人たちの狂気に殺された豪士を思い出すことでもあった。

 

この紡のパートで回想を挟みつつ事件の真相が明かされる。真相と言っても、決して明言はされない。あくまで紡の中での「真実」である。愛華は殺されてなどいなかった。都会の喧騒で、「アイカ」と呼ばれた少女と見つめ合う紡は、憑き物が落ちたような顔つきになる。彼女が抱えた罪は、最初から存在しなかったのだ。そして、それは豪士の死が全く必要なかったものであることも意味する。12年前、紡と愛華がY字路で別れた直後、そこには生きることに苦しみ、車の中で一人涙する豪士の姿があった。号泣する豪士を見て、愛華は紡と作った花飾りをプレゼントする。その優しさに触れた豪士は帰宅する愛華をおぼつかない足取りで追いかける。しかし、それだけ。ただそれだけだったのだ。愛華の失踪はおそらくただの家出だったのだろうが、それが全ての始まりだった。そのせいで豪士が死ぬことになるのだから。

 

紡は最後、五郎に「豪士さんを殺したのはこの村だ」と言い放つ。一方の五郎は「誰かのせいにしないと割り切れない」と反論する。怒りの矛先を誰かに向けないと気が済まなかった五郎と、自分が一緒に帰っていればと罪悪感を背負って生きてきた紡の対比が美しい。愛華が生きていたことで紡が抱えてきた罪は消えた。しかし、豪士を殺してしまったという新たな罪を自覚することになる。そして、彼女はそれを「抱えて生きていく」ことを選んだのだ。

白血病に罹った幼馴染は、半年後の生存確率が50%だという。愛する人を病で失くすというシチュエーションは善次郎と全く同じだが、きっと彼女は彼のように豹変することはないだろう。罪を抱えながらも前を向いて生きることを決意した彼女は、善次郎よりも強い人間であるはずだ。

 

それぞれが全く異なる「楽園」を見出すが、それは他人にとって「地獄」であることがこの映画のポイントだ。善次郎は亡き妻と過ごした日々に囚われ、抜け出せなくなる。何としても犯人を捕まえたい五郎は豪士を死に追いやることで自らの楽園を作る。豪士の死を嘆いた紡でさえも、彼が犯人にされることでどこか心を救われていた。そして、その豪士も優しく接してくれた愛華に楽園を見出していた。最も心が安寧する解釈に胡坐をかき、真実を追い求めようとしない思考停止に、この映画は警鐘を鳴らしている。一見分かりづらい映画ではあるが、だからこそ紡の最後のストレートな言葉が心に響く。

この映画、12年前の事件の犯人は結局明言されないまま終わってしまう。しかし、実はこの観客のモヤモヤこそが五郎が抱える行き場のない怒りとリンクするのだ。誰かを犯人にして自分なりの楽園に落ち着く。その恐ろしさがどういうものか、この映画を観れば分かっているはずなのに、それでも犯人を、真相を追い求めてしまう。観客の感想までも巻き込んだ恐ろしい映画である。

 

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