ここ数年、個人的に満足度の高い作品が続いているクレしん映画。ゼロ年代の「大人も泣ける」路線から打って変わって、笑って泣けるファミリームービーに切り替えたのが功を奏しているのだと思う。分かりやすいストーリーにクレしんらしい狂気をスパイスとして加え、唯一無二の作品として昇華させる、近年のクレしん映画には目を見張るものがある。コロナウイルスの影響で公開が延びた今作は、『ラブライブ!』シリーズの京極尚彦監督と、『そこのみにて光輝く」様々な邦画で脚本を書いている高田亮がタッグを組む。『ラブライブ!』は未見だが、『KING OF PRISM』などにも関わっている京極監督なのである程度観る前から信頼していた。ただ、クレしん映画には独特のテンポや毒気があり、それをどう活かすのかが鍵になる。テレビシリーズにはない良さを打ち出せるのか、というのがポイントだった。
予告の時点ではかなり期待大。子どものラクガキをエネルギー源としている王国が、落書きが減った現代で存続が危ぶまれ、そこの王子が無理矢理子どもたちに落書きをさせて王国の崩壊を防ごうとするシナリオも見事。クレしん映画、30作近くもやっているのにここまで独自性を打ち出せるのは強みですね。ゲスト声優の山田裕貴がちょっと心配だったけど、上映中はあまり気にならなかった。普段はカスカベ防衛隊か野原一家のどちらかがメインになる構成なのだが、今作は四人の勇者として新キャラを二人も出しているのも独特。落書きの話でしんちゃんのオリジナルキャラクターぶりぶりざえもんを出す流れもいいし、神谷浩史ボイスが映画中ずっと聞けるのは大きい。そんなこんなで、しんちゃん映画の中でも変わり種だなあと、観る前から期待値が高かった。
映画が始まると、ラクガキングダムの内情を説明しながらのオープニング。テレビ版は観ていないのでゆずのマスカット久々に聴いた。「え、ねんどアニメじゃないの???」とビックリしたんだけど今作ではエンディングでした。この辺りも斬新。国王に反旗を翻す王子という分かりやすいストーリーなのに、後ろにいるデカい食パンみたいな奴や喋るホットドッグのせいでカオス感が強い。そこからCV:平田弘明の宮廷画家がしんちゃんと出会いミラクルクレヨンを託す流れに。でも、正直ここから四人の冒険の件は非常に退屈だった。今年ハズレかな、と眠くなってしまったくらいに。ギャグにはキレがないし、偽ナナコやブリーフの登場ギャグも既に予告で観てるし。壁に貼り付けられた本物のナナコが顔出さないのも、ネタが見え見え。りんごちゃんに抗議する風間くんが即壁に貼り付けられてずっと絵を描かされてるみんなに疎まれるのはよかったけど。
なんだかうまく言えないのだが、総じて退屈というか。ラクガキは水が弱点で濡れたら消えてしまうとかぶりぶりざえもんの度重なる裏切りとか、様々な伏線が張られているのだけれど、伏線を張るための取って付けたドラマにしか見えてこないような感覚で。実際前半では四人が仲良くしているってだけで、後半のフリとして活きる構成なのだけれど、それでもちょっとなあと。決してスローペースってわけでもないのに、なーんか感情を湧かせてくれなくてちょっと嫌になってしまっていた。
ただその退屈を覆す怒涛の後半。しんちゃんがミラクルクレヨンで次々と人々を救い、後はユウマのお母さんを探そう!となる。サブタイトルの「ほぼ四人の勇者」っていうのはユウマの扱い的に「ほぼ」だったのかな。みんなを救ってくれたことでしんちゃんは人々から英雄扱いされて祀り上げられるのだけれど、しんちゃんがクレヨンを失くした(ぶりぶりざえもんが裏切って持ち出した)ことが分かると、あっさりと手の平を返す春日部市民。所謂「手の平返し民衆」、様々な映画やアニメで見てきたけれど、まさかクレヨンしんちゃんにこの概念が出てくるとは。人々はクレヨンを失くしたしんちゃんを責めるし、母親を助けるためにクレヨンを使い切ったユウマまでとばっちりを喰らう。ファンタジーものにはこういう民衆が付き物だけど、「勇者」というキーワードの繋がりだけでここまで人々の醜い一面を描くか~とちょっと感心してしまったし、そこでしんちゃんとユウマがスカっとジャパンをするわけでなく、ただラクガキングダムの崩壊を食い止めようと懸命に戦い続けるのがこれまたいい。
ミラクルクレヨンを奪って敵に渡そうとしたぶりぶりざえもんは、寸でのところでユウマにクレヨンを渡す。何度もしんちゃんを裏切ってきたセコい豚が、ここにきて漢気を見せる。『ONE PIECE』のウソップとか、『ドラえもん』のスネ夫とか、そういう立ち位置。クレしん映画では主にマサオ君が担っている役割なんだけど、この映画では彼がそう立ち振る舞うのが最終的に非常に強い意味を持つことになる。りんごちゃん達からしんちゃんを守るために偽ナナコは雨に濡れて消滅。敵に捕まったぶりぶりざえもんも木に吊るされたまま雨で消滅。水溜まりに溶け込んだぶりぶりざえもんとしんちゃんのやり取りが素晴らしくて、自然と涙を浮かべてしまう。
そこでしんちゃんはラクガキングダムの崩壊を止める決意を固め、学校で白線を引くのに使う石灰で町に巨大なぶりぶりざえもんを描く。そこにラクガキングダムの面々や野原一家、カスカベ防衛隊、そしてユウマの声に触発された春日部市民たちも加わり、ついにラクガキが完成。人々の声援を受けたぶりぶりざえもんはラクガキングダムを受け止め、再び宙に浮かせることに成功。絵を描くシーンで「やっちゃえば~」とミュージカルチックになる構成はさすが京極監督。エンドロールを見たら作詞も京極監督だったので納得。ただそれまでが暗めのトーンだったので、突然テンションを変えられてちょっと感情が彷徨ってしまった。好きではあるけど、ちょっとわざとらしかったかなあと。ユウマの声に子どもたちが反応し、それを見た大人たちも協力し、本当の目的が王国を救うことだと気づいたラクガキングダムの面々も参加するラストは非常によかった。善と悪の単純な概念に切り込む姿勢は近年のクレしん映画に顕著ですね。
最後にしんちゃんが描いたのがぶりぶりざえもんというのも、共に冒険した彼が最終的にユウマにミラクルクレヨンを渡したことでしんちゃんが彼を信頼したことの証左。彼なら王国を救えるという確信があったのだと思う。敢えてそれをセリフで説明しないのもいい。何ならそこから一気に「やっちゃえば~」に突入する狂いっぷり。で、ここでまた「ほぼ四人の勇者」の意味が変わってくる。人々を助けたのはしんちゃんだが、最終的に王国を浮かせたのは絵を描いた春日部市民全員の力。四人どころか約二十万人の人々が勇者となる。それはしんちゃんに英雄という肩書を押し付けて自分たちは見て見ぬふりをしていた彼らが、紛れもなく英雄になる瞬間でもある。まあ、あそこまで重苦しい展開をやったんだから最終的にしんちゃんに人々が感謝する場面があってもよかったなあとは思うけど。
最終的には誰も傷つかずめでたしめでたしといういい終わり方で、しかもしんちゃんはラクガキングダムの人々とほぼ面識なしという構成。切り口がいろいろ斬新だし、後半の怒涛の展開も素晴らしくてなかなか楽しむことができた。ぶりぶりざえもんがこんなに出てくる映画もあまりないので、そういう意味でも面白い作品。ただ、だからこそ前半の取って付けたようなドラマパートが退屈で、伏線を張るためだけの構成になってしまっているのが残念。連続ドラマだったら間違いなく途中で視聴を切ってしまうタイプ。「こうしてくれればよかった!」と具体的な注文をつけるわけではないのだけど、どうしても退屈に感じてしまうんですよね……。
来年はミステリーものらしいのでこれまた新しいテーマを持ってきたなあと感心してしまった。風間くんの形をしたテープは単なる演出なのか、それとも本当に風間くんが被害に遭うのか…。来年も楽しみです!