1998年に『リング』が公開され、その後清水崇監督の『呪怨』シリーズと並んで、平成に君臨するホラー映画シリーズの二大巨頭となったリングシリーズ。『リング』、『らせん』、『リング2』、『リング0』、『貞子3D』、『貞子3D2』に続く7作目の本作『貞子』は令和初の貞子映画となる。シリーズのファンとしては、5月1日に元号が令和に変更されてから初のメジャーな和製ホラー映画が、平成ホラー映画の代表作であるリングシリーズの続編であることが非常に感銘深い。
『リング』は元は鈴木光司の小説だが、原作の展開とは明らかに異なる。その辺りのことは以前書いたこちらの記事を参考にしていただきたい。
そして、本作も一応、鈴木光司の『タイド』が原作としてクレジットされているが、中身は全くの別物である。
要するに、貞子は原作と映画でかなり異なる扱われ方をしているのである。原作が壮大な3部作で貞子とウイルスを結び付けたのに対し、映画は未だに怨霊という方面での演出がされている。それはハリウッド版3部作でも同様だった。
『貞子3D』と『貞子3D2』では、当時流行りの3D技術と、観客のスマートフォンを用いた4D技術を前面に押し出した。しかし、同時に貞子のマスコットキャラクター化という悪しき慣習を生み出してしまう。始球式をやったり舞台挨拶に登壇したり、そういった扱いは本作の宣伝でも使われた。しかし、肝心の映画はというと、3Dを気にしすぎるがあまりやたら飛び出すことにだけ集中して恐怖を喚起させることを忘れてしまったかのような、不具合だらけのアトラクションと化していた。過剰なまでにCGで演出される貞子や髪の毛、そして超ロン毛の石原さとみというオチに私たちは真顔にならざるをえなかった。
しかし2016年、貞子に転機が訪れる。『呪怨』シリーズの伽椰子と戦うことになるのだ。それが『貞子VS伽椰子』。ホラー映画の世界についに怪獣映画のエッセンスまでが加わり、貞子と伽椰子が互いに同じ獲物を奪い合うという斬新なストーリーが光る一作。「バケモノにはバケモノをぶつけんだよ」という乱暴な設定に本気で向き合っているため、しっかりと怖い上に登場人物の心情もよく伝わってくる。その上、VSという名にふさわしくアクションもの的な要素も加わっている。私はこの『貞子VS伽椰子』を監督した白石晃士監督のファンなので贔屓目に見てしまう部分もあるのだが、それを差し引いても新たなエンターテインメントの形としてとても優れていた作品だと思う。
そして2019年5月。令和に突入してすぐに公開された『貞子』。このシンプルなタイトルは彼女が平成に培ったブランド力によるものであり、また、『貞子3D』に対しての報復的な意味も含まれているように感じる。人気のモデル兼女優である池田エライザが主演、そして監督は1作目の『リング』など、シリーズに多く携わってきた中田秀夫。中田監督自体は、必ず満点をたたき出すとはいえないが(『劇場霊』や『スマホを落としただけなのに』など……)、令和初のリングシリーズを監督する人間として、これ以上の適任はいないだろう。CGを使わない(『貞子3D』に対しての当てつけだろうか)という宣言をした監督による、どこまでも実写にこだわった不気味な演出。本作で言えば、少女に声をかけた女性が突然気が狂ったように歩道橋から飛び降りるシーンなんかがその代表だろう。中田監督はやたらと関節を不自然に曲げたがる節がある。
そんなわけで、布陣的にも『貞子3D』への報復という意味でもかなり『貞子』に期待していたのだが、結果はどうにももやもやの残る作品になってしまっていた。もっとこうしろ、ああしてくれれば……が常に頭をよぎるというホラー映画としては非常にまずい出来で、一言で言うのであれば「いつもの貞子」「いつもの中田監督」という感じなのだ。ということで、ここからは『貞子』をつまらないと感じたわけをつらつらと書いていこうと思う。
つまらないとは言ったものの、正直前半はかなり期待を高めてくれていた。Youtuberという現代文化の象徴を利用し、”呪いのビデオテープの呪い”からの脱却を図るという構図。ちなみにこの映画にはビデオテープは一切出てこない。そして『リング』と『リング2』の続編であることを強調し、貞子の呪いが未だ続いていることの証左である倉橋雅美の存在。当時女子高生だった彼女は20年の時を経て立派なおばさまに。貞子のせいで完全に異常者となってしまった倉橋が、あそこまで回復するというのも感慨深い。また、彼女が主人公・茉優のストーカーという本性が露わになるシーンもぞくっとした。
しかし、問題はこの倉橋にある。私がこの映画に違和感を抱きはじめたのは、倉橋が貞子に襲われる場面だ。『リング2』を彷彿とさせる構図で登場した貞子が倉橋の眼前に迫るが、彼女を殺しはしない。そこに何か理由があるのかと思ったが、ただ見逃しただけの様子。どうにも腑に落ちない。しかしその後、弟の和真が貞子に関わって失踪したことを知った茉優は、倉橋に貞子のことを問い詰める。すると、淡々と貞子の過去や正体を語りだす倉橋。『リング』で浅川と高山が90分かけてたどり着いた真相を、たったの1分で話してしまうそのトーク力に脱帽してしまう。そう、倉橋が生き残ったのは茉優に貞子のことを教えるためなのだ。その証拠に、その後倉橋は病室で貞子に襲われて殺される。『リング』では高山の超能力が物語の推進力となっていたが、この『貞子』では作り手の都合で人の生き死にが決まり、物語が進んでいく。なんとも滑稽である。
そして茉優は、和真のYoutuber活動を支援してきた石田と共に大島へ赴く。男女二人のペアが家族を救うため島へ向かうという構図は『リング』のオマージュだろうか。だが、問題はその島の洞窟に和真がいると気づくシーンにある。和真が投稿した事故現場の実況動画にサブリミナルのようにして映り込んだ映像。それが段々と変化して、最終的には失踪した和真の姿を映し出すのだが、だからと言って今そこに和真がいるという証明にはならないはずである。しかし、茉優は彼女がそこにいると何故か確信し、石田すらも動画を観てわざわざ「和真くんの居場所がわかりました」と茉優に電話をかけてしまう律義さ。その洞窟がどこなのかという推理は至極真っ当なものだったが、洞窟に和真がいるかどうかは賭けでしかない。なのになぜ彼らはそう思い込んだのか……。そして実際いるし……。
洞窟に行くと怯えた和真と共に、茉優の患者である少女がいた。少女は貞子の生まれ変わりとして彼女に狙われており、池に沈みそうになった彼女を茉優は必死に抱き止める。このくだりはまあよしとしよう。しかし、貞子が再び現れ茉優を襲うのだ。そこに突然正気を取り戻した和真が割って入り、彼女の代わりに犠牲となるのだった。肝心のラストシーンなのに貞子はまったく恐怖を喚起させてくれない。茉優や和真を必死に池に沈めようとする彼女から霊的な力は一切感じないし、和真を助けようとする二人も彼の手を引っ張るだけ。もう貞子を殴ってしまえよと言いたくなる。また、脚本の着地として兄弟愛という点に重きを置くにしても、やはり無理がある。そもそも茉優と和真が二人でいるシーンは冒頭の和真のYoutuber活動に物申すシーンだけなのだ。その後に、家族を失った茉優が弟の和真の笑顔に救われてきたということは語られるが、二人のシーンが印象的に描かれなかったがために、そこにリアリティはない。最愛の弟を失うという肝心のラストシーンすら、茶番なのである。それに和真が急に正気を取り戻した理由もよく分からない。
最後は貞子の影に怯え入院中の茉優のもとに、当の貞子がやってきて彼女を殺してしまう。確かに少女を貞子の魔の手から救ったという事実は残ったが、これでは居た堪れないだろう。それに、茉優がおかしくなったことにも脈絡が全くない。ただ『リング』のオマージュ(貞子の目と、相手が死んだ時の静止画)をやりたかっただけなのではないだろうか……。
呪いのビデオテープを排した令和初のリングシリーズ『貞子』。しかし、その結果はよくあるホラー映画程度の出来になってしまっており、せっかくの初代オマージュが足を引っ張ってしまっている印象だった。確かに、既にマスコットキャラクターと化してしまった貞子をいまさら恐怖の象徴として持ち出すのは無理があるのかもしれない。『貞子3D』の罪は重い。しかし、演出のことは置いといても、脚本が非常に稚拙な印象を受けた。一見一本の映画としてつながっている風には見えるが、全く説得力がなく登場人物たちは物語の都合で登場し、行動する。Youtuberや臨床心理士の演出が非常に凝ったものであるだけに、その稚拙さは非常に目立ってしまう。大体茉優の上司の藤井とかいらないだろ。なんなら石田も序盤あんまり出てこなかったくせに、急にラストで相棒ヅラしてるのなんなんだ。
「撮ったら、死ぬ」という宣伝文句の通り、今作はビデオテープが全く出てこない。しかし、物語は『リング』と地続きであるため、物語の根幹にはあのテープがあるはずだ。次に貞子が復活する際は変に続編に走らず新たなリブートをしてもらいたいものである。
最後に、原作とされる『タイド』との関連性をいくつか挙げる。
・貞子の洞窟が閉じられる
原作では、貞子のことを知ろうと洞窟に入った柏田という男が洞窟に閉じ込められ、それを何かの啓示と受け取る。
以上。これぐらいしか『タイド』との関連性は見つけられず……。そもそも映画版では貞子の正体も登場人物も世界観も何もかもが違うので、ただ名前を借りたに過ぎないのではないかと。ちなみに『タイド』の物語をネタバレなしでざっくりと話すと、世界を救う使命を背負った男が、不思議な経験を通じて自分と瓜二つの男と出会い、自らの使命を自覚する物語。原作のリングシリーズは映画とかなり内容(というかジャンル)が異なるが、著者の鈴木光司の筆力はさすがでページを捲る手が止まらなくなること間違いなしなので興味のある方はぜひ読んでいただきたい。
原作を読む順番は
・『リング』
・『らせん』
・『ループ』
・『バースデイ』
・『エス』
・『タイド』
である。現在はその完結編である『ユビキタス』の出版も予定されている。