はじめに
「韓国から物凄いゾンビ映画がやってくるぞ!」と公開前から話題になっていた本作。その後、邦題が「新感染 ファイナル・エクスプレス」に決定。新幹線とゾンビを掛け合わせたから「新感染」。この安直な邦題がネット上で袋叩きにされていたのもつい先日のことのようである。
厳密にはゾンビは動き出した死者のことを指すので、本作のような感染者とはきちんと区別する必要があると思うが、まあ伝わりやすいのだから仕方ない。感染者映画なんてジャンルもないし。
かくいう自分もゾンビ映画を好んで鑑賞しており、原点のロメロ作品に心を打たれ、数多のB級映画を観て真顔になっているクチである。一大ジャンルとして確立されているゾンビ映画は、派生に派生を重ねてあらゆる映画で応用されている。人間に恋するゾンビを描いたラブストーリー(ウォーム・ボディーズ)、ゾンビになった娘を守るシュワちゃん(マギー)、ゾンビに噛まれた父親が意識のあるうちに幼い子を安全なところまで運ぼうともがくハートフルストーリー(カーゴ)。日本では佐賀県のゾンビアイドルグループの成長を描く「ゾンビランドサガ」というアニメまで生まれた。
”ゾンビと何を掛け合わせようか”という作り手の好奇心が時に成功し時に迷走する。もはやゾンビはフィクションと切っても切り離せない怪物となった。
新幹線という密室状態とゾンビを掛け合わせた本作。一見すると、そんな状況で生き残ることは不可能に思える。しかし、そのシチュエーションを巧みに使うどころか、ゾンビ映画のお約束を踏襲しまくり見事な大傑作となっていた。この映画は間違いなく正統派ゾンビ映画の金字塔となるであろう。
あらすじ
ソウル発プサン行きの高速鉄道KTXの社内で突如起こった感染爆発。疾走する密室と化した列車の中で凶暴化する感染者たち。感染すなわち、死―。そんな列車に偶然乗り合わせたのは、妻のもとへ向かう父と幼い娘、出産間近の妻とその夫、そして高校生の恋人同士・・・果たして彼らは安全な終着駅にたどり着くことができるのか―?目的地まではあと2 時間、時速300km、絶体絶命のサバイバル。愛するものを守るため、決死の闘いが今はじまる。彼らの運命の行き先は・・・。(公式HPより抜粋)
予告
スタッフ・キャスト
監督:ヨン・サンホ
監督はヨン・サンホ。韓国映画には無知なので正直スタッフやキャストについても初めて見る方ばかり。調べてみると、サンホ監督はもともとアニメーターとのこと。本作の前日端を描いた「ソウル・ステーション パンデミック」というアニメ映画の監督も担っている。他作品は「豚の王」「我は神なり」など。
ソグ:コン・ユ
離婚した妻と一人娘(スアン)の親権を取り合うファンドマネージャーの主人公、ソグ役を演じるのはコン・ユ。もう初見でめちゃめちゃかっこいい。端正な顔立ちが与える印象が見事に主人公とマッチしている。
スアン:キム・スアン
ソグの娘。こどもの日にくれたものと全く同じWii Uを誕生日にもくれる父親に辟易しつつも、家族のことを思いやる素直でいい子。ゾンビ映画なのにクソガキ属性が0で好感が持てる。
ソギョン:チョン・ユミ
サンファの妻。ストレートな美人。妊婦なので何かと周囲の人々から労わられる。ヒロインですが泣き叫んだりはしない。芯の強い女性。好感が持てる。
サンファ:マ・ドンソク
ソギョンの夫。最強。
ヨングク:チェ・ウシク
野球部員の一人。ジニからの告白を素直に受けない恥ずかしがり屋。しかし、部員の危機には一目散に駆け寄る好青年。ジニが惚れるのも分かる。野球部員なので、主にバットを武器とする。
ジニ:アン・ソヒ
野球部のおそらくはマネージャー。ヨングクのことが好き。他のホラー映画だったら絶対にギャーギャーうるさいタイプのキャラだが、本作では至る所で不遇な目に。気の強さが裏目に出るパターン。
ヨンソク:キム・ウィソン
ゾンビ映画には必要不可欠な「自分さえ生き残ればいい」という思考の持ち主。端的に言えばクズ。生き残るために他人を平気で犠牲にするクズっぷりはむしろ清々しい。
評価(ネタバレなし)
最高! 記事のはじめにも書いたが、ここまでよくできた映画はそうそうあるものじゃない。しかもこれがやたらとB級映画の題材にされるゾンビものだというのだから、本当に拍手を送りたい。まして韓国。完全に盲点の方向から傑作が来てしまったなと。
新幹線にゾンビが現れた! しかも走るタイプ! この時点で既に絶望的な状況だが、その打開策とキャラクター一人一人の心情が非常に緻密。自分はこの映画を3回鑑賞しているが、2回目以降は冒頭のキャラ紹介パートで絶対に泣いている。
ゾンビ映画にお決まりの主義主張で争う展開はあれど、新幹線という舞台がそこに冗長さを与えない。話が長くなりそうになると、必ず何か新たなトラブルが発生する。ジェットコースター・ムービーならぬ新幹線・ムービーである。
ゾンビの恐ろしさ(何千人という規模で猛ダッシュなのだから普通に怖い)もさることながら、映画で描かれる家族愛が素晴らしい。絶体絶命な状況の中で、各々が大切な家族に思いを馳せ、行動を起こしていくその刹那を捉えたシーンの数々が名場面として脳に刻まれる。
ゾンビものだから怖そうグロそうという食わず嫌いをしている人にもぜひ観てもらいたい一作である。
詳しいストーリーは感想と合わせて下に書きます。
ここから先はネタバレがあるので、ご注意ください。
感想(ネタバレあり)
家族愛
この物語は徹底して家族愛を伝える物語になっている。主人公のソグは仕事が忙しく娘のスアンに構ってやることができない。新幹線に乗ったのも、娘を母親に会いに行かせるためだったが、その前日にはプレゼント選びに失敗し、以前にあげたものを渡してしまう。ソグは娘のことが嫌いなわけではない。むしろたった一人の娘を愛しているからこそ、家族のために働いているのに娘との関係がうまくいかないことに悩んでいる。その証拠に、娘が学校で歌を発表したときのビデオを一人鑑賞するほどの親バカなのだ。しかし、ビデオの中のスアンはうまく声が出ていない。翌日スアンに尋ねると、「パパのために練習したのに来てくれなかったから」と答える。スアン自身も、父親と会えないことを嘆いていたのだ。冒頭、彼は「家族が無事なら他はどうでもいい」という考えの持ち主だった。それは、サンファが逃げ切っていないのに車両のドアを閉めたことからも見て取れる。また、ファンドマネージャーという職業上、人を蹴落とすことが彼にとっての当たり前になっていた。
パンデミックが起き乗客が次々と感染していくなか、ソグは多くの人々と接する。出産を間近に控えたソギョンとその夫のサンファ。旅行か何かで乗り合わせた老姉妹。臆病なホームレス。彼らもソグと同様、家族を大切に思いやる人々だ。しかし、ソグのように他人をそう簡単に犠牲にしたりはしない。むしろ人々を救うために平気で自己を犠牲にする清らかな人間ばかりだった。その筆頭がサンファである。
サンファは口は悪いし、風貌も怖い。しかし、周囲の人々への態度やその腕っぷしから、非常に好感の持てるキャラクターである。自分を見捨てたソグのことすらも助けようとし、感染者との戦闘の際には積極的に前線に赴く。しかも強い。感染者たちを軽々と投げ飛ばす。まさに頼れるリーダーだ。そんなサンファに感化されたソグは、娘以外の人々も守るようになる。中盤、ヨンソクが感染の恐れがあるとソグ達を危険視し車両のドアを塞いだ時、感染者を抑えていたサンファが噛まれてしまう。窓を割り、何とか車両に入ったソグは、ヨンソクを思い切り殴り、「何故だ! みんな入れたのに!」と叫ぶ。他人を蹴落とし、自分たちだけ助かろうとしていたソグだったが、人々と共に窮地を乗り越えることで、他人のために誰かを殴れる人間になった。
この映画の素晴らしいところは、前述した通り、面倒な説明や主張を省いている点にある。止まることのない新幹線という舞台が物語を加速させるのに一役買っているのだ。ソグとスアンについては乗車前に背景が語られるが、他のキャラクターについては情報が少ない。車内でのやり取りからある程度過去を推し量ることはできるが、それでも全体像には遠く及ばない。
私の好きなキャラクターの一人である老姉妹の妹。公式HPでは紹介されていないこの人物の行動によってソグ達を閉じ込めた乗客たちの多くが犠牲になるのだが、彼女の過去ではっきりしたことは何もない。心配性の姉をやや疎ましく思っているのだろうことはわかるが、具体的なエピソードは語られない。新幹線が一旦駅に泊まった時、死んだと思っていた姉が実は遠くの車両で生存しており、ソグ達と行動を共にしていた。姉の死で放心状態になっていた彼女は、ヨンソク達が塞いだドアの向こうに生きた姉の姿を見る。しかし、開放が間に合わず彼女は感染者の餌食となってしまった。その後、ソグ達の隔離が終わったところで、「バカ騒ぎしてやがる」と呟き、感染した姉に思いを馳せ、ドアを開ける。この行動により、隔離されたソグ達以外の乗客は次々と死んでいく。
おそらくこの姉妹はどちらも結婚していなかったのだろう。妹を心配する世話焼きな姉とそんな姉を疎ましく思う妹。新幹線に乗っていたのも、姉が何か言いだして妹を誘ったのだと思う。それに妹はしぶしぶ従ったのだ。しかし、姉の喪失が彼女の心境に変化をもたらす。いなくなることで初めて姉の存在の大きさに気づいたのだ。そうして彼女は、姉を見殺しにした乗客たちを道連れに死を選ぶ。彼女のエピソードは主人公のソグとほとんど関係がない。だが、至る所に現れるこのような家族愛がこの映画の重要なファクターとなっていることを示しているのだ。
車両の横転後、生き残ったソグ、スアン、ソギョンの前に立ちはだかるのは感染したヨンソクである。運転士が用意した釜山行きの車両に何とか飛び乗った3人に対して発した「ママが待ってる」という言葉からヨンソクが未婚であることが読み取れる。彼にとって家族とは守る対象ではなく甘える存在なのだ。だからこそ他人を犠牲に自分を優先できてしまう。ここでも、少ない言葉からキャラクターの人間性が浮かび上がる。
死闘の末、ソグはなんとか感染したヨンソクを列車から落とすが、自らも噛まれ、感染してしまう。ソギョンにブレーキの説明をした後、彼は運転室を閉め、列車の後方へと走る。自らが完全に感染してスアン達を襲ってしまわないうちに、列車から消えるためである。何よりも家族と自分を優先していた彼が、見ず知らずのソギョンに娘を託し、自らは娘を守るために命を絶つ。感動を禁じ得ない名シーンであろう。
釜山へと通じるトンネルへと歩くスアンとソギョン。しかし、トンネルの反対側で見張っていた軍には、暗くて生存が確認できない。感染者の恐れもあると、射殺命令が出てしまう。まさに引き金を引こうとしたその時、狙撃手の耳にはスアンの歌が聞こえてきた。それは、ソグが観ていたビデオの中で、スアンが”歌えなかった”歌である。父親のために練習し、見に来てくれなかったからと歌えなった歌を、父親が命を投げた後に自らを鼓舞するために、悲しみを紛らわすために歌う彼女の儚げな姿に号泣してしまう。そして、その歌によって二人が救われたのだ。
ここで撃たれていたら「ミスト」並の胸糞映画であった。
残念な点
ここまで大絶賛を重ねてきたが、もちろん言いたいことがないわけではない。
一つ目がホームレスの扱いである。
言及していないが、本作には一人のホームレスが登場する。まあ実際にホームレスかどうかはわからないが、そういった風貌の男だ。彼はほとんど喋らないため、過去は全く分からない。なぜ新幹線に乗っていたのかもわからない。しかし、彼は何かと騒動を巻き起こす。ヒロイン達が持たなかったドジっ子属性を彼一人で担っているのだ。具体的には隠れる際に缶を踏んでしまい、感染者に気づかれるなど。それでいて言動も情けない。おそらく周りから疎まれてきた人物なのだと思う。
そんな彼だが、割と後半まで生き残る。横転した新幹線に挟まれたソグ達が車両の下の隙間から逃げようとするも、感染者たちが窓ガラスをたたき割り流れ込んでくる寸前だった。そこで、スアン達を守るために身を犠牲にしたのが彼である。これだけ聞けばひ弱な男が最後に見せた漢気と言えなくもないが、実際には役目を終えたので死んだというような製作者の意図が透けて見えるものになってしまっている。ソグ達は彼の死に言及することもない。彼の人間性についてはもう少し掘り下げてほしかったところである。
また、どうしても気に入らないのがソグの最期である。前述のとおり、感染者となる一歩手前で、ソグは列車から飛び降り、命を投げ出す。感動的なシーンである、が、感動的すぎるのだ!
どういうことかというと、ソグの死の直前、いきなりソグの回想シーンに突入する。真っ白な部屋、おそらくは病室で白い服を着た綺麗なソグが白いお包みに包まれた生まれたてのスアンを抱き上げ、笑う。ここで娘が生まれたことの喜びが挿入されることは全然アリなのだが、シーンのトーンがこれまでとかけ離れていて、面食らってしまう。なんだこの綺麗な空間は。思い出を美化するにもほどがあるだろ、と。そして、そんな切り替えに違和感を覚えた後、ソグが飛び降りるのだが、このシーンで突然、本当に突然に感動的BGMが流れ出す。ソグの飛び降りは具体的には描写されず、飛び降りる彼の影のみが映される粋な演出なのだが、そこで彼の影が傾いた瞬間に流れるBGM。いや、嘘だろ…。主役なのだから仕方がない。主役が身を投げ出したのだ。感動させるべきところだ。十分に分かっていながらも、これまでのシーンと明らかに乖離した音楽に思わず真顔になってしまう。直前の場面で号泣しているのに感情が一旦止まる。むしろここは音楽などなくてよかった。あれは全く無粋な演出だと思う。
最後に
というわけで絶賛しつつも惜しいところもあるよ、という「新感染 ファイナル・エクスプレス」。惜しいといっても全体から見れば些細な点なので、作品への評価はかなり高い。おそらく今まで観てきた映画の中でもトップ10には入る。
ゾンビ映画が好きな人にはもちろん、苦手な人にも贈りたい傑作でした。