ホラー映画『シライサン』評価・ネタバレ感想! 乙一によるJホラーの再構築

シライサン

 

日本のホラー映画と聞いて、『リング』や『呪怨』を想起する人は圧倒的に多いと思う。『テケテケ』とか『着信アリ』とか『ノロイ』とか、有名作や話題作はたくさんあるけれど、それでも日本のホラー映画は貞子と伽椰子の呪いから未だに解き放たれないでいる。この2作が傑作であることは揺るがないが、それでも現代的な視点を持ち込むとやや古い。貞子のキモである呪いのビデオなんて、今の子ども達はあの黒い長方形の物体を観てもなんだか分からないのではないだろうか。そのことには作り手も自覚的で、昨年公開された『貞子』では、Youtuberの撮影した動画に貞子が映り込んだことから呪いが始まる。「ビデオを観た者は死ぬ」から「撮影した者は死ぬ」と、彼女の呪いはアップデートを遂げた。しかし、物語の作りは古いままであり、中田監督の演出は全く更新されていなかった。『貞子』に幻滅した人間は私だけではないはずだ。

 

片や『呪怨』シリーズも、リブート作である『呪怨 終わりの始まり』と『呪怨 ザ・ファイナル』の2作が肩透かしに終わってしまった。その後、貞子と伽椰子が共演し互いに獲物を奪い合う『貞子VS伽椰子』は、ギャグとしてもホラーとしても丁寧に作られており、作品の出来はもちろん、原作への多大なリスペクトも感じられる作品だった。だからこそ、その後に公開された『貞子』が令和のJホラーとは思えないほど古臭く見えたのである。貞子の悪口に関しては当時の感想記事を参照してほしい。

 

 

 

貞子と伽椰子の呪いは、作品内だけではなく日本のホラー映画までをも蝕んでしまった。この2作の呪縛から逃れられないJホラーは結局行き詰ってしまい、ファン界隈で騒がれることはあっても、一般層にまで響くほどの影響力を持った存在は登場しなかった。そんな状況を尻目に、貞子は始球式に興じる。ホラー映画ファンにとっては正に地獄のような有様である。だが、そんな苦境に一石を投じたのがこの『シライサン』。小説家の乙一が脚本だけでなく監督まで務めたと聞いたときはひやひやしたが、実際に観てみると、そこには新しいタイプの恐怖が待っており、Jホラーの肩書に胡坐をかかず、未知の恐怖を模索しようという気概が感じられた。

 

まず何より嬉しいのはこのレベルの役者を揃えられるホラー映画が全国規模で公開されたこと。飯豊まりえと稲葉友、忍成修吾に谷村美月。特撮ファンとしては恐竜バイオレットと仮面ライダーマッハのコンビというのもニヤけてしまう。染谷将太の演技力も怪談のシーンでいいスパイスになっていた。それでいて、ホラー映画にありがちなヒステリック系のキャラクターも存在せず、それぞれが持つ情報を照らし合わせた上で呪いを解く方法を探る、というサスペンス的な要素も持ち合わせている。キャラクターの不可思議な言動もなく、自暴自棄になることもない。そういった脚本はさすが実力派作家の乙一といったところ。時折、文学的なセリフやシチュエーションを盛り込みながらも、きちんと映像としての怖さがある。ここまでベタ褒めしてしまっているが、本当に面白かったんですよ!

 

シライサンという名前を知った者を次々と襲う謎の女性。瞳が異常に大きく、突然相手の元へやってきて徐々に近づいてくる。至近距離まで接近されると死んでしまう。それでも、貞子と同様に対処法やルールがあることで緊迫感が生まれている。シライサンを追い払う方法は、目を逸らさないこと。2時間近くシライサンを見続ければ、彼女はどこかへ消え去っていく。しかし、それは一時の安心に過ぎない。シライサンは3日おきに自分の名前を知る人の元へランダムに現れる。現れる度に2時間以上視線を逸らさずにいなければならない。だからこそ、数での対処が求められる。呪いを受けても2人以上でいれば対処が容易になるし、呪いを広めていけばシライサンが自分の前に出現する確率もうんと低くなる。自分が助かるために誰かを犠牲にするというのは貞子のビデオテープをダビングする点も同じだが、それでも自分のところへ再び来る可能性があるのだ。

 

そして「目を逸らさない」という一見単純そうなこの解決法が地味に怖い。要は「だるまさんが転んだ」の要領なのだが、同じものを2時間見つめるなんてことは日常生活においてそうそうないし、何よりあんな不気味な顔を2時間も見つめてられない。また、その対処法に関してはシライサン側も自覚しており、幻覚なのか分からないが相手に関係する死者を一時的に召喚することで目を逸らさせようとする。非常に狡猾な怪物である。

 

シライサンの起源に迫る物語もスムーズで面白い。瑞紀の友人と春男の弟、2人が死んだことでまず一緒に旅行に行った女性に話を聞く。そこでシライサンという名前を瑞紀と春男が知ってしまう。旅館まで赴くとフリーライターの間宮と出会い、同じようにシライサンに狙われた旅館の従業員が対処法を見つける。彼らに話をした酒屋の男の素性を洗い出し、昔近所に住んでいた学者の存在を知るが、その男は既に死んでいた。

辿っていけば呪いを完全に解く方法が見つかるかと思わせておいて、途中で道を完全に途絶えさせる。瑞紀が見た幻覚は一体なんだったのか。教授の調べていた伝承とどう関係するのか。肝心なシライサンの正体に関してはあえて暈し、あくまで呪いにかかった人々の物語として割り切る姿勢にも感動した。ここで変に怨念だの悪霊だの呪術だのと正体を解明してしまうと、それはそれでチープになってしまう。これくらいが丁度いいのだ。

 

忍成修吾が珍しくいい役で出ているかと思ったらやはり妻のために他人を犠牲にしようとする男だったのも面白い。また、乙一と共同で脚本を書いている間宮冬美さんの名前が谷村美月演じる間宮の妻と同じという点も示唆に富んでいる。

『シライサン』の物語や仕掛けは、決して全てが初見の感動に溢れているわけではないのだが、Jホラーが紡いできた歴史をうまく再構成しており、それをきちんと「面白く、怖く」できているのが非常に優れている。また、上映中に自分のスマホとイヤホンをつなぐことで恐怖をより深く体験できるというシステムも斬新。映画中のスマホがたびたび騒がれるのに、スマホを用いた鑑賞方法を提示してしまうというのはなんと豪胆な。一時のスマ4Dを思い出してしまった。

 

そんなこんなで非常に楽しめた本作『シライサン』。続編も十分に作れる終わり方だったし、是非やってほしい。この映画に留まらず、今年こそ良質なJホラーが大量生産されることを願うばかりである。

まずは、映画とは展開が異なるという『シライサン』の小説版から漁っていきたい。

 

シライサン

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  • アーティスト:中川 孝
  • 出版社/メーカー: Rambling RECORDS
  • 発売日: 2019/12/18
  • メディア: CD
 

 

 

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  • 作者:乙 一
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
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