1000年に1人の美少女という二つ名も聞かなくなって久しい昨今だが、ようやく橋本環奈が主演を務める映画が公開した。その名も『シグナル100』。原作はヤングアニマルにて連載された人気コミック。担任教師によって、特定の行動をとると自殺してしまう催眠にかかった生徒達の惨劇を描いた作品である。
原作者の宮月新は『不能犯』の原作も務めているため、彼の作品が実写映画化されるのはこれが2度目。『不能犯』はストーリーこそ物足りなかったものの、私が敬愛している白石晃士監督だったおかげで演出面においてそれなりに楽しむことができた。しかし、『シグナル100』と『不能犯』は心理学の要素があること以外はテイストのまるで違う作品。そう、この映画は所謂デスゲームものなのだ。
タイトルの通り、生徒たちが自殺してしまうシグナルは全部で100個ある。催眠を解くには自分以外の生徒が全員死ぬことが条件であり、要は100の行動を制限された生徒たちが生き残るために理不尽に殺し合うことになるのだ。殺し合うと言っても、暴力を振るうことはシグナルで禁止されているため、互いにシグナルを利用することで相手を自殺に導くという心理戦が展開される。彼らはシグナルの内容を殆ど知らないので、より多くのシグナルを知ることが勝利の鍵となるわけだ。
とまあ、ここまで説明すればこのデスゲームの特徴が心理戦にあることは分かっていただけたと思うが、映画の出来は非常に微妙。元々原作に突出した点がなかったため期待せずに観たのだが、それ以下のものが返ってきてしまい残念である。
まず簡潔に。シグナルが100個ある必要がない。
シグナルが100個あるということは生徒たちの行動が100個制限されるという意味なのだが、映画においては明らかに多すぎる。88分の映画なのに100個も制限がある必要がないのだ。クラスメイトを出し抜いて1人助かろうとする和田が図書館の本から64のシグナルを探り出した時、酷く落胆した。和田がクラスメイトに開示したのはこのうち50個で、彼は14個のアドバンテージを得たのだが、まずこの50個が一瞬で出てくることが理解できない。それを黒板に書き出し、何故か橋本環奈は自分のノートにメモる。何故だ。
この50個のうちいくつかは後半で重要になるが(酒を浴びるなど)、その多くが出てきただけの設定に終わり、その後一切触れられない。まあシグナルだと分かっていれば敢えて行動する者もいないので当然である。映画の上映時間が短いんだからシグナル20とかで十分だった。開幕すぐにジャージ履いてて大量に自殺したのなんだったんだよ。
そもそも和田が50個を開示したことも理解不能。アドバンテージを持つためなら1つも教えない方が確実によかったろうに。別に誰かに気づかれたわけでもないし、どうしてこんなに中途半端に開示したのか。その後、和田の悪行が明らかになった後も、彼がシグナルを隠しているせいで嫌々和田に従う者が現れる。その一派が橋本環奈演じる樫村と対立することになるのだが、最後に生き残るのは1人だと分かっているのだから彼らが和田に従う理由が破綻している。隙を窺っていたのかもしれないが、それなら劇中で説明しなければならない。ただその場で死にたくないから何となく和田に従う、この行動が和田の有利にしかなっていないので全くの無能である。いくらモブだからってそこまで思考停止させなくてもいいではないか。
樫村達は残った36のシグナルが教室に貼り出されていた36の注意事項だと気づき、和田の従者達を説得。ここで逆転勝利かと思われたが、雨合羽を着た和田が缶ビールを浴びせたことでほとんどが死んでしまう。その後、樫村と二人きりになった榊が徐に「催眠を解く薬」を取り出す。ま、まじかよ…。
催眠を解く薬は原作にも登場したもの(効果は短時間)だが、それがこんなにもあっさり登場するとは。しかし、結果はただの痛み止め。怪しいとは感じていたものの既にこの映画を信用していなかったので、どうでもよくなっていた。しかも樫村はこれで催眠が解かれるとすぐに信じるし。
催眠が解けると期待して薬を飲んだ和田を道連れに榊が死亡。これにより、樫村が生き残ることとなり一夜の惨劇は幕を閉じた。しかし、自殺したはずの先生の死体はどこにも見つからない。
和田と榊のとってつけたような幼馴染エピソードなんだったんだろう。あとみんな結構暴力に頼った結果死ぬことが多かったのが残念。ただ自殺の手段はバラエティに富んでいて、ビールぶっかけからの大量自殺はなかなか良かった。
そして5年後、法学部を目指していた樫村は法律では先生を裁けないと気づき、歪んだ方法で彼を追うことを決意。ようやく先生を捕らえ、彼が作った催眠をかけることで復讐を果たす。
ラスト、急にマンガチックな漆黒の衣装に身を包んだ橋本環奈が廃墟みたいな場所で中村獅童を拘束しているのは非常にビジュアルが強かった。このラスト5分だけテイストが違いすぎる。
原作と同じ終わり方ではあるが、正直展開が急過ぎてついていけず戸惑う。正義を語っていた主人公が本当の悪を討つために道を外れる展開は大好きなのだが。いかんせんテンポが悪く無理矢理感がひどい。ただビジュアルと演技は最高というチグハグ感。
総じて、やはりシナリオが本当にダメダメで、逆に言えば「俺は今、デスゲームものを観ているぞ!」感にどっぷり浸かれる作品。デスゲームもの特有のモブとかが一言ずつ話してゲームの仕組みが分かっていく感じなどなど。中学生くらいが友だちと何となく観に行くのならこれくらいが丁度いいのかもしれない。あと、キャスト陣の演技力が半端じゃない。素人っぽさがあまりないし、声量もきちんとしていて余計にシナリオの粗が目立ってしまう。
ちなみに原作では榊は登校していなかったためにクラスで唯一催眠を受けていないし、和田がもっと金髪のヤンキーだったし、先生側の裏切り者がクラスにいたし、他の教師陣が家族を人質に取られて生徒達を殺しにきた。1週ごとの引きを強くするため、とにかく話題性が盛り込まれた内容になっている。格別に面白いというわけではないし、シグナル100個はやはり多すぎると感じるが、映画よりは楽しめるはずだ。是非読んでもらいたい。